AI活用を全社の戦略にするときは、取り組みを「業務改善(今ある仕事を早く、安く、正確にする)」と「新しい価値の創出(AIがあるからこそ可能になる商品・サービスや事業)」の二つの軸に分けて考えるのが有効です。二つの軸は、目的も、成果の測り方も、進め方も、向いている体制も違います。これを一つの「AI推進プロジェクト」としてまとめて扱うと、業務改善の地道な成果が過小評価されたり、新規事業の不確実な挑戦が短期の費用対効果で切り捨てられたりします。
二つの軸に分けたうえで、それぞれの候補を「効果の大きさ」と「実現のしやすさ」で評価し、投資の優先順位を決めます。業務改善では、件数が多く手順が定まった業務から小さく始めて成果を積み上げ、新しい価値の創出では、自社の強みとAIの組み合わせから事業の仮説を立て、小さな検証を重ねます。そして両方の土台として、利用のルール、データの整備、人材の育成という共通の基盤を整えます。
この記事は、経営層や経営企画、DX推進の担当者で、AI活用を個別のツール導入から全社の戦略に格上げしたいと考えている方に向けて書いています。二つの軸の違い、候補の洗い出し方、優先順位の決め方、推進体制、共通の基盤、よくある失敗とチェックリストまでを整理しました。
なぜAI活用を「戦略」として考える必要があるのか
多くの会社で、生成AIの活用は、各部署や個人がそれぞれツールを試すところから始まりました。この段階では、文書作成が早くなった、調べものが楽になった、といった個人の生産性の向上が中心です。それ自体は価値のあることですが、全社として見ると次のような問題が出てきます。
- 成果が見えない:個人の作業が少し早くなっても、会社の売上や利益、顧客への価値にどうつながったのかが分からない。
- 投資の判断ができない:どの取り組みにどれだけ予算と人を割くべきか、判断の基準がない。
- 取り組みが重複・分散する:複数の部署が似たツールを別々に契約し、似た仕組みを別々に作っている。
- リスクが管理されない:会社が把握していないAIサービスに、機密情報や顧客情報が入力される。会社が認めていないAIの利用はシャドーAIと呼ばれ、管理上の課題になっています。
- 本当に大きな機会を逃す:目の前の業務の効率化だけに目が向き、AIによって事業そのものを変える機会を検討しない。
戦略として考えるとは、AI活用の目的を会社の経営目標と結びつけ、どこに資源を集中させるかを決めることです。そのための整理の枠組みが、二つの軸です。
二つの軸:業務改善と新しい価値の創出
| 観点 | 業務改善の軸 | 新しい価値の創出の軸 |
|---|---|---|
| 目的 | 既存業務の時間・費用・ミスを減らす | AIを使った新しい商品・サービス・事業を生む |
| 成果の測り方 | 削減時間、処理件数、ミスの件数、対応速度 | 顧客の反応、支払意思、売上、事業の継続性 |
| 不確実性 | 比較的低い(業務と効果が見えている) | 高い(顧客が価値を感じるか分からない) |
| 進め方 | 業務を分析し、改善を設計し、展開する | 仮説を立て、小さく検証し、方向を修正する |
| 主な担い手 | 業務部門、情報システム部門 | 新規事業部門、事業責任者 |
| 投資の判断 | 費用対効果で判断しやすい | 段階ごとの検証結果で継続を判断する |
| 時間軸 | 数か月で効果が出るものが多い | 事業として成果が出るまで時間がかかる |
業務改善の軸は、確実に成果を積み上げられる一方、一つひとつの効果は限定的です。新しい価値の創出の軸は、成功すれば大きな成果になる一方、多くの試みは途中で方向転換や撤退をします。両者を同じ基準で評価しないことが、戦略の第一歩です。
なお、二つの軸は完全に別物ではありません。業務改善で培ったAI活用のノウハウや、整備したデータが、新しいサービスの種になることがあります。たとえば、社内の問い合わせ対応をAIで効率化した経験から、同じ仕組みを同業他社に提供するサービスが生まれる、といった流れです。
業務改善の軸:候補の洗い出しと進め方
候補を洗い出す
業務改善の候補は、部署ごとに業務を洗い出し、AIで改善できそうなものを見つけるところから始めます。AIが特に効果を出しやすいのは、次のような業務です。
- 文書の作成・要約・翻訳(議事録、報告書、提案書、メールの下書き)
- 大量の文書からの情報の抽出・分類(問い合わせの分類、請求書の読み取り、契約書の確認の補助)
- 社内の情報の検索(規程、マニュアル、過去の対応記録からの回答)
- 定型的な判断の補助(一次対応の振り分け、入力内容の確認)
- 複数の手順にまたがる作業の自動化(情報の収集から整理、登録まで)
AIに任せられる仕事と、人が担うべき仕事の線引きについてはAIエージェントを業務に導入するでも整理しています。
進め方の基本
業務改善は、件数が多く、手順が比較的定まっていて、ミスの影響が限定的な業務から始めると成果を出しやすくなります。最初から全社に展開するのではなく、一つの部署の一つの業務で試し、効果を測ってから、似た業務に広げていきます。効果は、削減できた時間だけでなく、空いた時間で何ができるようになったかまで確認します。時間が浮いても、それが付加価値の高い仕事に使われなければ、会社としての成果にはなりません。
新しい価値の創出の軸:機会の探し方と進め方
機会を探す
新しい価値の創出では、「AIで何ができるか」から考えるより、「自社の強みとAIを組み合わせると、顧客にどんな新しい価値を提供できるか」から考える方が、実現性の高い機会が見つかります。
- 既存の商品・サービスにAIを組み込む:自社の製品やサービスにAIの機能を加え、顧客の手間を減らしたり、新しい使い方を可能にしたりする。
- 社内で蓄積したノウハウやデータをサービス化する:自社の業務で培った専門知識や、長年蓄積したデータを、AIを通じて外部に提供する。
- これまで人手がかかりすぎて提供できなかったサービスを実現する:個別対応が必要で採算が合わなかったサービスを、AIの活用で提供可能にする。
- 顧客の業務の中にAIで入り込む:顧客の業務の一部をAIで代行し、継続的な関係を作る。
機会の探し方は生成AIを使った新規事業の考え方で詳しく解説しています。
進め方の基本
新しい価値の創出は、通常の新規事業と同じく、仮説を立てて小さく検証する進め方が基本です。最初から大規模な開発をするのではなく、顧客へのヒアリング、試作品での反応の確認、小規模な試験提供と段階を踏み、それぞれの段階で継続か撤退かを判断します。AIを使ったサービスは、試作品を短期間で作れることが多いため、検証の回数を増やしやすいという利点があります。
投資の優先順位を決める
二つの軸で候補を洗い出したら、投資の優先順位を決めます。
- 候補を一覧にする:業務改善と新しい価値の創出のそれぞれについて、候補を一覧にする。各候補に、対象、期待する効果、必要な資源の見込みを書く。
- 効果の大きさを評価する:業務改善なら、対象業務の件数と時間、改善による削減の見込み、品質への効果。新しい価値の創出なら、対象顧客の課題の大きさ、自社の強みとの適合度、事業としての広がり。
- 実現のしやすさを評価する:必要なデータがそろっているか、技術的な難しさ、関係者の協力が得られるか、法令や規程上の制約がないか。
- 四つの領域に分ける:効果が大きく実現しやすいもの、効果は大きいが実現が難しいもの、効果は小さいが実現しやすいもの、効果が小さく実現も難しいもの、の四つに分ける。
- 資源の配分を決める:業務改善と新しい価値の創出のそれぞれに、予算と人の配分の枠を決める。両者を同じ予算の中で競わせない。
- 着手する候補を選ぶ:業務改善では効果が大きく実現しやすいものから、新しい価値の創出では効果の大きいものの中から小さく検証できるものを選ぶ。
- 見直しの時期を決める:四半期ごとなど、優先順位と配分を見直す時期を決めておく。
手順5で二つの軸の予算の枠を分けるのは、両者を同じ基準で比べると、ほとんどの場合、効果が見えやすい業務改善が選ばれ、新しい価値の創出の挑戦が後回しになるからです。どちらにどれだけ配分するかは、会社の経営方針によって決めます。
評価の記入例
候補の一覧は、次のような形で作ると比較しやすくなります。評価は三段階程度の粗いもので十分です。細かい点数を付けるより、評価の理由を一言ずつ書いておく方が、議論のときに役立ちます。
| 候補(架空の例) | 軸 | 効果の大きさ | 実現のしやすさ | 評価の理由 |
|---|---|---|---|---|
| 問い合わせメールの分類と回答の下書き | 業務改善 | 大 | 高 | 件数が多く、過去の回答記録が残っている |
| 契約書の確認の補助 | 業務改善 | 中 | 中 | 効果はあるが、確認の基準の整理が先に必要 |
| 商品選定を支援する顧客向けサービス | 新しい価値 | 大 | 中 | 顧客の困りごとは明確だが、資料の整備が必要 |
| 需要予測による在庫の最適化 | 業務改善 | 大 | 低 | 必要な販売データが部署ごとに分散している |
実現のしやすさが低いと評価された候補でも、効果が大きければ捨てる必要はありません。上の表の需要予測のように、実現を妨げている要因(この場合はデータの分散)を特定し、その解消を共通の基盤の整備計画に組み込めば、次の見直しの時期には着手できる候補に変わります。優先順位の評価は、「やらないものを決める」ためだけでなく、「何を整えれば次に進めるか」を見つけるためにも使います。
推進体制の作り方
全社でAI活用を進めるには、推進の役割を明確にする必要があります。
- 経営層の責任者:AI活用の方針と資源配分を決め、部門をまたぐ調整を行う。経営目標とAI活用の結びつきを示す。
- 推進の中心となるチーム:全社の取り組みを把握し、共通の基盤(利用ルール、ツールの選定、データの整備、教育)を整える。各部署の相談に乗り、成功した取り組みを他の部署に広げる。
- 各部署の推進担当:自部署の業務を最もよく知る立場から、改善の候補を見つけ、試行と定着を進める。
- 新規事業の担当:新しい価値の創出の軸で、事業の仮説を立て、検証を進める。
推進の中心となるチームが、すべての取り組みを自分たちで実行しようとすると、手が回らなくなります。中心のチームの役割は、各部署が自分たちで進められるように支えることだと位置づけます。
推進の状況は、経営会議などの定期的な場で、二つの軸に分けて報告します。業務改善の軸は、着手した業務、削減できた時間、空いた時間の使い道を。新しい価値の創出の軸は、検証中の仮説、検証の結果、次の段階に進むかどうかの判断を。報告の形をそろえておくと、経営層が資源の配分を見直すときの材料になり、取り組みが「やりっぱなし」になることも防げます。
共通の基盤:ルール・データ・人材
二つの軸のどちらにも必要なのが、共通の基盤です。
利用ルールとガバナンス
どのAIサービスを使ってよいか、どんな情報を入力してよいか、出力をどう確認するか、といった利用のルールを定めます。AIの利用に伴うリスクを組織として管理する仕組みはAIガバナンスと呼ばれます。ルールは、禁止事項を並べるだけでなく、安全に使える方法を示すことが大切です。使えるサービスを用意せずに禁止だけをすると、かえって会社が把握していない利用が増えます。著作権や個人情報など法令に関わる点は、専門家に確認し、最新の情報を踏まえてルールを更新します。
データの整備
AIの効果は、使えるデータの質に大きく左右されます。社内の規程やマニュアルが古い、顧客情報が部署ごとに散らばっている、過去の対応記録が残っていない、といった状態では、AIを導入しても期待した効果は出ません。AI活用の候補を検討する中で、必要なデータの整備を並行して進めます。
人材の育成
全社員がAIを使いこなす必要はありませんが、基本的な使い方と、注意すべき点を理解していることは重要です。加えて、各部署で業務の改善を設計できる人、AIを使ったサービスを企画できる人を育てます。研修だけでなく、実際の業務での試行を通じて学ぶ機会を作ることが効果的です。
具体的な場面の例:中堅の専門商社がAI活用を整理する
架空の例で考えます。ある中堅の専門商社では、各部署がそれぞれ生成AIのツールを試していましたが、経営層から「AIにいくら使っていて、何の成果が出ているのか分からない」という声が上がりました。
経営企画の担当者が中心になり、取り組みを二つの軸で整理しました。業務改善の軸では、見積もり作成、問い合わせ対応、受注入力など、部署ごとの候補を一覧にし、件数が多く手順が定まっている見積もり作成の補助から着手しました。新しい価値の創出の軸では、長年蓄積してきた商品の技術資料と取引先からの質問の記録を活かし、取引先の技術担当者が自分で商品を選べる支援サービスを仮説として立てました。
予算は二つの軸で枠を分け、業務改善は削減時間と見積もりの回答速度で、新しい価値の創出は取引先の試験利用での反応で評価することにしました。共通の基盤として、利用してよいサービスと入力のルールを定め、技術資料の整理を始めました。半年後の見直しでは、業務改善は他の部署への展開を決め、新しいサービスは試験利用で見えた課題をもとに対象を絞り直して検証を続けることになりました。
よくある失敗と避け方
- ツールの導入が目的になる:経営目標と結びつけ、何の成果を出すための取り組みかを先に決める。
- 二つの軸を同じ基準で評価する:予算の枠を分け、業務改善は費用対効果で、新しい価値の創出は検証の結果で判断する。
- 全社一斉に展開しようとする:一つの業務で試して効果を測り、成功したものから広げる。
- 禁止だけのルールを作る:安全に使えるサービスと方法を用意し、使い方を示す。
- データの整備を後回しにする:AI活用の候補ごとに必要なデータを確認し、整備を並行して進める。
- 推進チームがすべてを抱える:各部署の推進担当を立て、中心のチームは支える役割に徹する。
- 空いた時間の使い道を決めない:削減した時間で何をするかまで設計し、付加価値の高い仕事に振り向ける。
AI活用戦略のチェックリスト
- AI活用の目的が、経営目標と結びついて説明されている
- 取り組みが業務改善と新しい価値の創出の二つの軸で整理されている
- 候補ごとに、効果の大きさと実現のしやすさを評価した
- 二つの軸それぞれに、予算と人の配分の枠がある
- 軸ごとに、成果の測り方と継続の判断基準が決まっている
- 経営層の責任者、推進チーム、各部署の担当の役割が明確
- 利用ルールとガバナンスの仕組みがある
- 必要なデータの整備計画がある
- 人材育成の方法が、実務での試行と結びついている
- 優先順位と配分を見直す時期が決まっている
よくある質問
Q. 中小企業でも、二つの軸で考える必要がありますか?
必要です。むしろ資源が限られる中小企業こそ、どちらにどれだけ使うかを意識的に決めることが重要です。最初は業務改善で一つ成果を出し、その経験とデータを使って新しい価値の創出を小さく試す、という順番も現実的です。
Q. 新しい価値の創出の成果は、どう評価すればよいですか?
最初から売上で評価すると、ほとんどの取り組みが失敗と判断されます。段階ごとに、顧客の課題の確認、試作品への反応、支払意思の確認、継続利用、といった検証の結果で評価し、次の段階に進むかを判断します。
Q. AI活用の推進を外部に任せてもよいですか?
方針の決定と優先順位の判断は、自社で行うべきです。一方で、候補の洗い出しの手法、技術的な実現性の評価、試作品の開発、新規事業の検証の進め方などは、外部の知見を借りることで早く進められます。
Q. 社員がAIの利用に消極的な場合はどうすればよいですか?
使い方が分からない、仕事を奪われる不安がある、ミスの責任を問われるのが怖い、といった理由が考えられます。身近な業務で効果を実感できる使い方を示し、AIの出力を人が確認する前提であることを明確にし、空いた時間をどう使うかを一緒に考えることが効果的です。
Otsumuに相談できること
経営層がAI活用の方針を示し、各部署に推進担当を立てられる体制がある場合は、この記事の二つの軸と手順で、自社で候補を洗い出し、優先順位を決めて進められます。業務改善の小さな試行から始めるのであれば、既存のツールの範囲で十分に成果を出せることも多いはずです。
一方で、候補は出たが効果と実現性の評価に自信がない、新しい価値の創出の軸で事業の仮説をどう立てればよいか分からない、試行のための仕組みを短期間で作りたい、といった場合は、事業とAIの実装の両方を理解した外部の力が役立ちます。
Otsumuは、AIを活用した開発を自らも実践する立場から、新規事業開発コンサルティングで新しい価値の創出の軸の事業設計と検証を、自社サービス運用の自動化コンサルティングで業務改善の軸の候補の洗い出しと仕組み化を支援しています。必要に応じて生成AIシステム開発で試作から本番の仕組みまで一気通貫で形にします。
まだ方針を整理している段階でも構いません。30分の無料相談で、いまの取り組みの状況をお聞かせください。
この記事について
Otsumu株式会社が執筆しました。統計値や他社の事例には依拠せず、進め方と判断の枠組みを中心にまとめています。法務・税務・会計などの制度は、専門家や公的窓口で最新の情報をご確認ください。
執筆:Otsumu株式会社 / 編集日 2026.10.01