DX推進担当の役割は、ツールを導入することではなく、現場の業務と経営の目的をつなぎ、業務の進め方そのものを変えていくことです。担当に任命されて最初に取り組むべきなのは、ツール選びではなく、経営が何を変えたいのかを言葉にすることと、現場の業務を見える化して困りごとを集めることです。この二つがそろって初めて、どの業務から手を付けるべきかが決まります。
現場の協力を得るうえで鍵になるのは、「現場の困りごとを減らす取り組み」として始めることです。上からの方針として新しいツールや手順を押しつけると、現場は負担が増えると受け止めます。最初は小さな改善で現場の作業を確実に楽にし、その実感を広げていく進め方が、遠回りに見えて最も確実です。経営への報告では、導入したツールの数ではなく、業務の時間やミス、事業の数字がどう変わったかを伝えます。
この記事は、社内でDX推進の担当や責任者に任命されたものの、何から始めればよいか分からない方、現場の協力が得られず取り組みが進まないと悩んでいる方に向けて書いています。最初の三か月で取り組むこと、現場の巻き込み方、経営への報告の仕方、よくある失敗と避け方を順に整理します。
DX推進担当に求められる役割を整理する
DXという言葉の意味はDX(デジタルトランスフォーメーション)で解説していますが、実務では、紙や手作業をデジタルに置き換える段階から、業務の流れそのものを見直す段階、データを活用して事業のあり方を変える段階まで、幅広い取り組みが含まれます。DX推進担当は、自社が今どの段階にいて、次にどこを目指すのかを示す役割を担います。
役割を分解すると、次の四つにまとめられます。
| 役割 | 主な仕事 | 必要な力 |
|---|---|---|
| 翻訳者 | 経営の目的を現場の業務の言葉に、現場の困りごとを経営の言葉に置き換える | 両者の話を聞き、要点をまとめる力 |
| 案内役 | 改善の対象を選び、進め方を示し、関係者をつなぐ | 業務を分解して見る力、優先順位を付ける力 |
| 推進役 | 小さな改善を実行まで運び、定着させる | 段取り、関係者との調整、粘り強さ |
| 記録係 | 効果を測り、成果と学びを社内に共有する | 数字を集めて整理する力、伝える力 |
注目してほしいのは、技術の専門知識が必須の役割として入っていないことです。ツールの細かい設定や開発は、社内の詳しい人や外部の専門家に頼めます。DX推進担当にしかできないのは、社内の人と業務をよく知り、経営と現場の間に立って、改善を前に進めることです。
情報システム部門との違い
情報システム部門は、社内のシステムや機器の安定運用、セキュリティの管理を主に担います。DX推進担当は、業務の進め方を変えることが主な役割です。両者の仕事は重なる部分があり、特に新しいツールを導入するときのセキュリティの確認やアカウントの管理は、情報システム部門と協力して進める必要があります。小規模な会社では、一人が両方を兼ねていることも少なくありません。その場合は、日々の運用に時間を取られて改善が進まないことが多いため、どちらにどれだけの時間を使うかを上司と合意しておくことが大切です。
最初の三か月で取り組むこと
任命された直後は、何から手を付けるべきか迷うものです。次の手順で進めると、三か月ほどで最初の成果を出せる状態を作れます。
- 経営層と話し、DXで何を変えたいのかを確認する。「売上を伸ばしたい」「人を増やさずに業務量の増加に対応したい」「属人化をなくしたい」など、目的を一つか二つに絞る。
- 現場の各部署を回り、業務の流れと困りごとを聞き取る。「時間がかかっている作業」「ミスが起きやすい作業」「特定の人しかできない作業」を中心に集める。
- 聞き取った内容を、業務ごとに一覧にする。各業務の頻度、作業時間、関わる人数、困りごとの内容を記録する。
- 一覧の中から、経営の目的に合い、効果が分かりやすく、短期間で改善できる業務を一つか二つ選ぶ。
- 選んだ業務について、現場の担当者と一緒に改善案を作り、小さく試す。
- 試した結果を、作業時間やミスの件数で測り、現場と経営の両方に共有する。
- うまくいった進め方を手順として記録し、次の改善の対象を選ぶ。
手順2と3は、いわゆる業務棚卸しにあたります。ここを丁寧に行うと、どの業務に改善の余地があるのか、どの部署が困っているのかが見えてきます。聞き取りの段階で、現場の人は「話を聞いてもらえた」と感じ、その後の協力も得やすくなります。
最初の対象の選び方
最初に取り組む業務は、次の条件に当てはまるものを選ぶと成功しやすくなります。
- 多くの人が「面倒だ」と感じている作業である
- 改善の効果が、作業時間やミスの件数などで分かりやすく示せる
- 一つの部署の中で完結し、関係者が少ない
- 既存のツールの機能や、小規模なツールの導入で改善できる
- 失敗しても事業への影響が小さい
逆に、全社の基幹システムの入れ替えや、複数の部署にまたがる業務の再設計を最初の対象にすると、時間がかかり、途中で関係者の関心が薄れやすくなります。大きな取り組みは、小さな成功を重ねて社内の信頼を得てから着手するのが安全です。改善の候補の見つけ方は自動化すべき業務の見つけ方:頻度・時間・ルールで優先順位を付けるでも詳しく解説しています。
現場を巻き込む進め方
DXの取り組みが進まない理由として最も多く挙がるのが、現場の協力が得られないことです。現場の人は、日々の業務で手一杯です。新しい取り組みに時間を割くことに抵抗があるのは自然なことであり、それを前提に進め方を設計する必要があります。
現場の言葉で目的を伝える
「DXを推進します」と伝えても、現場には何のことか伝わりません。「毎月の集計作業を半日短くしたい」「同じ情報を三か所に入力している手間をなくしたい」のように、現場の業務の言葉で、何が楽になるのかを具体的に伝えます。
現場の中に協力者を見つける
各部署に一人、改善に前向きな人を見つけて、一緒に取り組む協力者になってもらいます。協力者は、部署の業務をよく知り、同僚からの信頼がある人が理想です。DX推進担当が外から改善案を持ち込むより、部署の中の人が「こうすると楽になる」と伝える方が、受け入れられやすくなります。
現場の負担を増やさない
新しいツールや手順を導入する直後は、慣れるまで一時的に作業が増えることがあります。この期間に、旧来の手順と新しい手順の両方をこなす状態が続くと、現場の不満が高まります。切り替えの時期を明確にし、移行期間中の作業を減らす工夫(入力の代行、手順書の用意、質問の窓口の設置など)を用意します。
現場の声で改善を続ける
導入した後も、現場から使いにくさや改善の要望を聞き、素早く直します。要望が反映される経験をすると、現場は次の改善にも協力的になります。人や組織が変化を受け入れるまでの進め方はチェンジマネジメントと呼ばれ、DX推進ではこの考え方が欠かせません。
経営への報告の仕方
DX推進担当は、経営層に対して取り組みの価値を示し、必要な予算や人の協力を引き出す役割も担います。報告の仕方次第で、取り組みへの支援の度合いが変わります。
報告で伝えるべきこと
- 取り組みの目的と、経営の目的とのつながり
- 改善した業務と、その結果(作業時間、ミスの件数、処理の早さなど)
- 現場の反応と、浮かび上がった新しい課題
- 次に取り組む業務と、その理由
- 必要な予算、人の協力、経営層に判断してほしいこと
ツールを何個導入したか、何人がアカウントを作ったか、といった数字は、取り組みの成果を示すものではありません。業務や事業の数字がどう変わったかを中心に伝えます。
時間の削減を事業の言葉に置き換える
「月に二十時間の作業を減らした」という報告は分かりやすい一方で、経営層には「その時間で何ができるようになったのか」が伝わりにくいことがあります。減った時間を、顧客対応、営業活動、新しい業務の立ち上げなど、事業に直結する仕事に振り向けた結果まで示せると、取り組みの価値が伝わりやすくなります。
報告の頻度
月に一度程度の短い報告と、四半期に一度の振り返りと計画の報告を組み合わせるのが目安です。月次の報告は簡潔にまとめ、判断が必要なことがあるときだけ時間を取ってもらいます。
うまくいかなかったことも報告する
成果だけを報告していると、うまくいかなかった取り組みが見えなくなり、経営層の期待と現実の差が広がります。試したが効果が出なかった改善、現場に定着しなかったツールについても、原因と学びを短く報告します。失敗を隠さずに共有する担当者の方が、結果として経営層からの信頼を得やすく、次の取り組みへの予算や協力も引き出しやすくなります。
外部の情報との付き合い方
DX推進担当になると、ツールの営業や事例の紹介、勉強会の案内など、外部からの情報が多く届くようになります。他社の取り組みは参考になりますが、自社の目的と業務に合うかどうかを確かめずに取り入れると、現場の困りごととずれた取り組みになります。外部の情報は、自社の業務の一覧と照らし合わせ、「この困りごとの解決に使えるか」という視点で選ぶようにします。
架空の例:中堅の卸売会社のDX推進担当
ある卸売会社で、営業事務の経験がある社員がDX推進担当に任命された場面を考えます。経営層からは「人を増やさずに取引先の増加に対応したい」という目的が示されていました。
担当者は、まず営業、受注、経理、倉庫の各部署を回り、困りごとを聞き取りました。その中で、受注担当がFAXやメールで届く注文を受注システムに手入力し、同じ内容を出荷指示の表にも転記していることが分かりました。注文の増加とともに残業が増え、転記ミスによる誤出荷も時々起きていました。
担当者は、受注部署の中で改善に前向きな社員を協力者に迎え、まず転記の手間をなくすことから始めました。受注システムのデータから出荷指示の表を自動で作る仕組みを、情報システム担当の協力を得て整えました。一か月ほど試した結果、転記の作業時間とミスが減ったことを、受注部署と経営層の両方に報告しました。
この成功を見て、経理部署からも改善の相談が寄せられるようになりました。担当者は、次の対象として注文の受付そのもののデジタル化を経営層に提案し、予算の判断を仰ぐ段階に進みました。紙やExcelの業務からデジタル化していく全体の流れは中小企業のDXの進め方:紙・Excel業務からデジタル化する手順も参考にしてください。
取り組みを広げる段階で役割をどう変えるか
最初の改善がうまくいくと、他の部署からも相談が寄せられるようになります。この段階で、DX推進担当がすべての改善を自分で抱えると、すぐに手が回らなくなります。取り組みが広がるにつれて、担当の役割も変えていく必要があります。
自分で進める段階から、仕組みで回す段階へ
最初の数件は、DX推進担当が自ら現場に入り、改善案を作り、実行まで運びます。この段階で得た進め方を、手順として記録しておくことが次の段階の準備になります。たとえば、業務の聞き取りで使った質問の一覧、改善の対象を選ぶときの基準、効果の測り方、現場への説明の仕方などです。
次の段階では、記録した手順を各部署の協力者に渡し、部署ごとに改善を進めてもらいます。DX推進担当は、各部署の取り組みの相談に乗り、進み具合を確認し、部署をまたぐ課題を拾う役割に移ります。部署ごとの改善の一覧を作り、月に一度、協力者が集まって進み具合と学びを共有する場を設けると、横のつながりが生まれます。
全社の視点で見るべきこと
取り組みが広がると、部署ごとの改善がばらばらに進み、全社としての不整合が生まれることがあります。同じ目的のツールが部署ごとに導入される、同じ顧客の情報が別々の仕組みに保存される、といった状態です。DX推進担当は、全社の視点から次の点を見ておきます。
- 部署ごとに導入されたツールと、その費用の一覧
- 顧客、商品、取引先など、複数の部署で使うデータがどこに保存されているか
- 現場で作られた仕組みの保守の担当が決まっているか
- 次に全社で取り組むべき、部署をまたぐ課題は何か
部署をまたぐ課題は、一つの部署の改善では解決できず、経営層の判断が必要になることが多いため、四半期の報告の中で提案の形にまとめて伝えます。現場が自分でツールを作る動きが広がってきたら、作ってよいものの線引きや保守のルールも合わせて整えておきましょう。進め方は市民開発(現場主導のツール開発)の進め方とガバナンスの決め方で解説しています。
よくある失敗とその避け方
ツールの導入を目的にしてしまう
「このツールを全社に入れる」ことを目標にすると、導入した時点で取り組みが終わったように見え、実際に業務が変わったかどうかが問われなくなります。目標は業務や事業の数字の変化に置き、ツールはその手段として選びます。
最初から大きな取り組みに挑む
全社のシステムの入れ替えなど大規模な取り組みから始めると、成果が出るまでに時間がかかり、途中で支援を失いやすくなります。小さな改善で成果を示し、社内の信頼を得てから大きな取り組みに進みます。
担当者一人に任せきりにする
DX推進担当を任命したまま、経営層が関与しないと、現場は取り組みを重要なものと受け止めません。経営層が目的を自分の言葉で社内に伝え、定期的に進捗を確認することが、現場の協力を引き出すうえで重要です。
現場の声を聞かずに改善案を作る
業務を外から見て作った改善案は、現場の実情に合わないことがあります。例外的な処理や、取引先ごとの事情を見落とすと、導入後に使われなくなります。改善案は現場の担当者と一緒に作ります。
作った仕組みの保守を考えていない
現場で作ったツールや自動化の仕組みが、作った人しか直せない状態になると、その人が異動したときに止まってしまいます。仕組みの一覧を作り、誰が保守するのかを決めておきます。
DX推進担当のチェックリスト
- 経営層とDXの目的を一つか二つに絞って合意しているか
- 各部署を回り、業務の流れと困りごとを聞き取ったか
- 業務の一覧を作り、頻度、作業時間、困りごとを記録しているか
- 最初の対象を、効果が分かりやすく短期間で改善できる業務から選んだか
- 各部署に協力者がいるか
- 改善の前の作業時間やミスの件数を記録しているか
- 移行期間中の現場の負担を減らす工夫を用意しているか
- 導入後に現場の要望を聞き、改善する仕組みがあるか
- 経営層への報告を、業務と事業の数字の変化で伝えているか
- 作った仕組みの一覧と保守の担当を決めているか
- 情報システム部門やセキュリティの担当と、ツール導入の確認の流れを合意しているか
よくある質問
Q. ITの専門知識がなくてもDX推進担当は務まりますか?
務まります。DX推進担当に最も必要なのは、業務を理解し、経営と現場の間に立って改善を進める力です。技術の詳細は、社内の詳しい人や外部の専門家に頼ることができます。ただし、ツールや仕組みの基本的な考え方を知っておくと、専門家との会話がスムーズになるため、実際の改善に取り組みながら少しずつ学んでいくとよいでしょう。
Q. 兼務で時間が取れません。どうすればよいですか?
まず、DX推進にどれだけの時間を使ってよいのかを上司と合意します。週に数時間でも、改善の対象を一つに絞り、着実に進めれば成果は出せます。時間が足りない部分は、現場の協力者に一部を担ってもらう、外部の支援を短期間使う、といった方法で補います。
Q. 現場から「今のやり方で困っていない」と言われたら?
困りごとを直接尋ねても、慣れた作業の非効率には気づきにくいものです。「一番時間がかかっている作業は何か」「新しく入った人に教えるのが大変な作業は何か」「繁忙期にどの作業で残業が増えるか」のように、具体的な問いに変えると、改善の糸口が見つかりやすくなります。
Q. 外部のコンサルタントや開発会社には、どこまで頼るべきですか?
目的の設定と、現場の協力者を巻き込む部分は、社内で担うのが基本です。業務の分析の手法、ツールの選定、仕組みの構築、社内に経験がない領域の設計などは、外部の力を借りると早く進むことがあります。外部に頼む場合も、社内に知識と判断の基準が残る形で進めることが大切です。
Otsumuに相談できること
経営の目的が明確で、現場に協力者がいて、改善の対象が既存のツールの機能や小規模な仕組みで解決できる範囲であれば、この記事の手順に沿って社内で進めることは十分可能です。最初の数件の改善は、外部に頼まずに社内で経験を積む方が、その後の取り組みにも生きてきます。
一方で、どの業務から手を付けるべきか判断がつかない、改善の対象が複数の部署やシステムにまたがっている、社内に仕組みを作れる人がいない、DX推進担当が一人で抱え込んでいて前に進まない、といった場合は、外部の手を借りた方が早く成果につながることがあります。
Otsumuでは、業務の棚卸しと改善の対象の選定から、自動化や社内ツールの設計・構築、導入後の定着と効果測定までを一貫して支援しています。DX推進担当の方と伴走し、社内に判断の基準と進め方が残る形で進めることを大切にしています。詳しくは自社サービス運用の自動化コンサルティングや社内ツール開発のページをご覧ください。
担当に任命されたばかりで何から始めるべきか整理したい、という段階のご相談も歓迎しています。30分の無料相談からお気軽にご連絡ください。
この記事について
Otsumu株式会社が執筆しました。統計値や他社の事例には依拠せず、進め方と判断の枠組みを中心にまとめています。法務・税務・会計などの制度は、専門家や公的窓口で最新の情報をご確認ください。
執筆:Otsumu株式会社 / 編集日 2026.10.01