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製造業・老舗企業がデジタルの新規事業を始めるときの進め方と壁

製造業や老舗企業のデジタル新規事業は、既存の顧客基盤と業界知見を活かせる一方、意思決定や評価制度などの社内の壁に当たりやすいものです。テーマの選び方、進め方の手順、よくある壁と対処、体制づくりを具体的に整理します。

製造業や老舗企業がデジタルの新規事業を始めるときの最大の強みは、長年築いてきた顧客基盤、業界の知見、製品や現場から得られるデータ、取引先からの信用といった、新興企業がすぐには手に入れられない資産を持っていることです。一方で、最大の壁は技術そのものよりも、社内の意思決定の進め方、評価の仕組み、既存事業を守る文化といった、組織の側にあることが多いものです。

デジタルの新規事業をうまく進めるには、既存の資産を活かせるテーマを選び、既存事業とは異なる進め方と判断の基準を、小さな範囲で認めてもらうことが鍵になります。最初から大きな計画と投資を求めるのではなく、短い期間で顧客の反応を確かめ、その結果をもとに次の判断を引き出す。この進め方を社内の仕組みとして通すことが、技術の選定以上に重要です。

この記事は、製造業や長い歴史を持つ企業で、デジタルを活用した新規事業の立ち上げを任された担当者や、その取り組みを後押ししたい経営者に向けて書いています。テーマの選び方、進め方の手順、よくある社内の壁と対処法、体制づくりを具体的に整理します。

製造業・老舗企業のデジタル新規事業の特徴

まず、製造業や老舗企業がデジタルの新規事業に取り組むときの強みと弱みを整理しておきます。

観点強み弱み・壁
顧客長年の取引先、業界内の信用、顧客の業務への深い理解既存の取引の慣行に縛られ、新しい売り方を試しにくい
知見製品、素材、製造工程、業界の規則への深い知識ソフトウェアやデジタルサービスの作り方の経験が少ない
データ製品の稼働、品質、取引の記録など、蓄積された情報データが部署ごと・紙ごとに散らばり、使える形になっていない
資金・信用一定の投資余力、金融機関や取引先からの信用投資判断が既存事業の基準(回収期間、確実性)で行われる
組織品質を守る文化、着実に物事を進める力失敗を許容しにくい、意思決定の階層が多い、評価の仕組みが合わない

この表から分かるとおり、製造業や老舗企業のデジタル新規事業では、強みと弱みが表裏一体になっています。品質を守る文化は信頼を生みますが、未完成の状態で顧客に試してもらう検証の進め方とはぶつかります。長年の取引先は貴重な顧客基盤ですが、既存の取引の関係を壊したくないという配慮が、新しい提案をためらわせます。

デジタル新規事業のテーマの選び方

製造業や老舗企業のデジタル新規事業のテーマは、大きく次の4つの型に分けられます。

テーマの型内容の例活かせる資産注意点
製品のサービス化機器の稼働監視、保守時期の通知、使用量に応じた課金製品、製品のデータ、既存顧客既存の保守や販売の部門との役割分担
顧客の業務支援発注・在庫・品質管理など、顧客の業務を支える仕組み顧客の業務への理解、取引の接点顧客ごとの業務の違いへの対応
直販・新しい販路一般消費者や新しい顧客層への直接販売ブランド、製品、製造の技術既存の販売店や卸との関係
知見・データの提供業界の知見を活かした診断、教育、情報提供技術者の知見、蓄積されたデータ知見の形式化、データの取り扱いの合意

最初のテーマとしては、既存の顧客と製品を活かせる「製品のサービス化」や「顧客の業務支援」が、検証の相手を見つけやすく、社内の理解も得やすい傾向があります。一方、「直販・新しい販路」は既存の取引先との関係に配慮が必要で、社内の調整に時間がかかりやすいテーマです。直販に取り組む場合の論点はD2C事業の立ち上げで詳しく扱っています。製品を継続課金のサービスに変える場合はサブスク事業の始め方も参考になります。

テーマを選ぶときに大切なのは、「デジタル化すること」を目的にしないことです。「自社もDXに取り組まなければ」という動機で始めると、顧客の課題よりも技術の導入が先に立ち、使われない仕組みができあがります。DXは手段であり、出発点は常に「どの顧客の、どんな課題を解くか」に置きます。

進め方の手順:小さく始めて結果で示す

製造業や老舗企業でデジタル新規事業を進めるときは、次の手順で、小さな範囲で結果を出しながら社内の理解を広げていく進め方が有効です。

  1. 経営層と「検証の段階」の合意を取る:最初から事業計画の承認を求めるのではなく、「数か月で顧客の反応を確かめ、その結果で次を判断する」という検証の段階を設けることに合意してもらいます。この段階の予算、期間、判断の基準を決めます。
  2. 顧客の課題を確かめる:既存の取引先や営業担当者の協力を得て、対象顧客の業務と課題を直接聞きます。製品の話ではなく、顧客の業務の話を聞くことに徹します。
  3. 最小限の形で価値を試す:本格的なシステムを作る前に、手作業や既存のツールを組み合わせた形で、顧客に価値を試してもらいます。たとえば、機器の稼働データを担当者が手作業で分析し、月に一度報告書として届けるといった方法です。
  4. 顧客の反応と行動を記録する:顧客が実際に使ったか、継続を希望したか、対価を払う意思を示したかを記録します。言葉の評価よりも、行動を重視します。
  5. 結果を経営層に報告し、次の段階を判断する:検証の結果を、最初に決めた判断の基準に照らして報告し、続けるか、方向を変えるか、やめるかの判断を仰ぎます。
  6. 仕組み化と開発に投資する:価値が確かめられた段階で、必要な機能に絞ったシステムを開発し、提供の範囲を広げます。

手順3と手順4では、顧客の反応を記録する様式を最初に決めておくと、後の報告がしやすくなります。訪問や連絡の日付、顧客の発言、実際に使ったかどうか、次回の約束の有無といった項目をそろえて残しておけば、検証の結果を事実に基づいて説明できます。

この手順の要点は、手順1で「検証の段階」を社内の正式な仕組みとして認めてもらうことです。既存事業の投資判断の基準では、不確かな新規事業はほとんど承認されません。不確かさを減らすための小さな投資を、別の基準で判断してもらう枠組みを最初に作ることが、その後の進めやすさを大きく左右します。

社内の壁と対処法

製造業や老舗企業のデジタル新規事業でよく直面する社内の壁と、その対処法を整理します。

壁1:完成度を求められる

品質を重んじる文化の会社では、「未完成のものを顧客に出すのは会社の信用に関わる」という声が上がりがちです。対処としては、検証の目的と範囲を明確にし、「試験提供」として顧客に説明すること、品質や安全に関わる部分は既存の基準を守り、それ以外の使い勝手や見た目の部分で完成度を下げることを区別して説明するのが有効です。

壁2:既存事業の部門との利害の衝突

新しいサービスが既存の販売や保守の仕事と重なると、既存の部門が警戒します。たとえば、製品の稼働監視サービスが既存の保守部門の仕事を奪うと受け止められることがあります。対処としては、検証の段階から既存部門の担当者を巻き込み、新しいサービスが既存部門にとってどんな利点をもたらすか(保守の効率化、顧客との接点の増加など)を一緒に考えることです。

壁3:意思決定に時間がかかる

承認の階層が多く、一つの判断に何週間もかかると、検証の速さが失われます。対処としては、検証の段階の予算の範囲内では担当者や責任者に判断を任せてもらうよう、手順1の合意の中で権限を決めておくことです。あわせて、定例の報告の場を月に一度程度設け、そこで判断を仰ぐ事項をあらかじめ決めておくと、都度の稟議を待たずに検証を進められます。判断を仰ぐ際は、選択肢と担当者としての推奨を添えて示すと、意思決定が早まります。

壁4:評価の仕組みが合わない

既存事業の評価の仕組みでは、新規事業の担当者が売上や利益で評価され、検証段階では成果が見えにくいため、担当者が不利になることがあります。対処としては、検証の段階では「何を学び、どんな判断材料を得たか」を評価の対象にするよう、人事部門と相談することが考えられます。

社内の反対や抵抗への向き合い方は新規事業への社内の反対・抵抗をどう乗り越えるかでも整理しています。

架空の例:部品メーカーの在庫補充サービス

ある架空の、工場向けに消耗部品を製造・販売している老舗メーカーが、デジタルの新規事業を検討した場面を想定してみます。

このメーカーの営業担当者は、取引先の工場で、消耗部品の在庫切れによる生産の停止がたびたび起きていることを聞いていました。工場側では在庫の確認を担当者が目視で行い、発注も担当者の判断に頼っていたためです。

新規事業の担当者は、まず経営層と、数か月の検証期間と限られた予算で取り組むことに合意を取りました。次に、営業担当者の紹介で取引先の工場3社の購買担当者と現場担当者に話を聞き、在庫切れが起きる場面と、それによって生じる損失の大きさを確かめました。

検証の第一段階として、担当者は取引先の工場に定期的に連絡して在庫の数を聞き、補充の時期を提案するという、手作業のサービスを試しました。工場側からは好評で、継続を希望する声が上がりました。この結果をもとに、在庫の数を工場側が簡単に入力でき、補充の時期を自動で知らせる仕組みの開発に進むことが承認されました。

開発にあたっても、最初から工場の生産管理システムと連携させるような大がかりな仕組みは目指しませんでした。工場の担当者がスマートフォンから在庫の数を入力するだけの簡素な形から始め、利用が定着してから連携の範囲を広げる計画です。入力の手間が負担にならないか、補充の提案の精度が十分かを、数社での利用を通じて確かめながら改善していくことにしました。

この取り組みでは、既存の営業部門を検証の段階から巻き込み、新しいサービスが営業担当者の受注の機会を増やすことを共有したことで、社内の反発を抑えられました。

既存の資産を棚卸しする

テーマを選ぶ前後で、自社がデジタルの新規事業に使える資産を棚卸ししておくと、テーマの評価や社内への説明に役立ちます。製造業や老舗企業は、自社の資産を「当たり前のもの」と見なしていることが多く、外から見ると価値の高い資産に気づいていないことがあります。

棚卸しでは、次のような観点で書き出します。

  • 顧客との接点:取引のある顧客の業種と数、接点を持つ担当者の役割(購買、現場、経営者など)、定期的に訪問している顧客
  • 製品と技術:製品が顧客の業務のどこで使われているか、製品から取れる情報、製造や加工の技術
  • データ:受発注の記録、品質検査の記録、製品の稼働や保守の記録、顧客からの問い合わせの記録
  • 人の知見:技術者や熟練者が持つ判断の基準、業界の規則や商習慣への理解、顧客の業務への理解
  • ブランドと信用:業界内での評判、取引先や金融機関からの信用、地域での知名度

書き出した資産のうち、どれが新しいテーマで活かせるかを確認します。たとえば、保守の記録が紙で残っている場合、それを整理するだけで、製品の故障の傾向という価値のある知見が得られることがあります。一方、データが部署ごとに散らばっている、紙でしか残っていない、という状況であれば、データの整備そのものに時間がかかることを見込んでおく必要があります。

棚卸しの結果は、経営層への説明でも力を発揮します。「自社のこの資産を活かすから、他社より有利に進められる」という説明は、新規事業に取り組む理由として説得力があります。

体制づくりのポイント

デジタル新規事業の体制は、既存事業の組織とは異なる考え方で作る必要があります。

専任の担当者を置く:既存業務と兼務の担当者だけでは、日々の業務に追われて新規事業が後回しになりがちです。少なくとも一人は専任の担当者を置き、新規事業に使える時間を確保します。

既存事業から協力者を得る:営業、技術、製造、品質保証など、既存事業の各部門に協力者を見つけ、必要な知見や顧客との接点を得られるようにします。協力者の上司にも、協力の時間を認めてもらうよう調整します。

デジタルの知見を外部から補う:ソフトウェアの開発やデジタルサービスの運営の経験が社内に少ない場合は、外部の協力先や人材の力を借ります。ただし、事業の判断と顧客との関係は社内で担い、外部に任せきりにしないことが大切です。

経営層の後ろ盾を得る:既存事業との調整や、既存の規則の例外を認めてもらうには、経営層の後ろ盾が欠かせません。定期的に経営層に報告し、判断を仰ぐ場を設けます。新規事業部の立ち上げ全体の考え方は新規事業部の立ち上げ方で詳しく扱っています。

よくある失敗と避け方

  • 大規模なシステム開発から始める:既存事業の感覚で、最初から完成度の高いシステムを作ろうとすると、時間と費用がかかり、顧客の反応を確かめる前に予算を使い切ります。手作業や既存ツールで価値を試してから開発に進みましょう。
  • 技術の導入を目的にする:AIやIoTなどの技術を使うこと自体が目的になると、顧客の課題とずれた仕組みができます。出発点は顧客の課題に置きます。
  • 既存の取引先に気を遣いすぎる:取引先との関係を大切にするあまり、新しい提案や率直な質問をためらうと、検証が進みません。既存の取引とは別の取り組みであることを伝え、率直に話を聞きましょう。
  • 一度の失敗で取り組み全体が止まる:最初のテーマがうまくいかなかったとき、デジタル新規事業そのものが否定されることがあります。最初から「検証の結果によっては方向を変える」ことを経営層と合意しておきます。
  • 外部に任せきりにする:開発会社やコンサルタントにすべてを任せると、事業の判断や顧客との関係の知見が社内に残りません。

取り組み開始前のチェックリスト

  • 対象とする顧客と、その課題が具体的に言える
  • テーマが、自社の顧客基盤・知見・データのいずれかを活かすものになっている
  • 経営層と、検証の段階の予算・期間・判断の基準に合意している
  • 検証の段階で担当者が判断できる範囲が決まっている
  • 専任の担当者が少なくとも一人いる
  • 既存事業の部門に協力者がいて、協力の時間が認められている
  • 既存部門との利害の衝突の可能性と、その説明の仕方を検討した
  • 手作業や既存ツールで価値を試す方法を考えている
  • 検証の結果を報告し、判断を仰ぐ場が決まっている
  • 外部の力を借りる範囲と、社内に残す知見を決めている

よくある質問

Q. 社内にIT人材がいなくても、デジタルの新規事業に取り組めますか?

取り組めます。初期の検証は、手作業や既存のツールの組み合わせで進められることが多く、高度な技術は必要ありません。本格的なシステムの開発が必要になった段階で、外部の開発会社の力を借りるのが現実的です。重要なのは、顧客の課題を理解し、事業の判断を担う人が社内にいることです。

Q. 既存の取引先に新しいサービスを提案すると、取引に悪影響が出ませんか?

取引先にとって価値のある提案であれば、多くの場合は好意的に受け止められます。新しいサービスを押し付けるのではなく、取引先の課題を聞き、一緒に解決策を考えるという姿勢で接すれば、むしろ関係が深まることもあります。

Q. 補助金を活用して取り組むことはできますか?

デジタル化や新規事業に関する補助金の制度はありますが、対象、要件、時期は制度ごとに異なり、変更されることもあります。最新の情報は公的機関や専門家に確認してください。補助金の要件に合わせて事業の内容を曲げないよう、事業の方向性を先に決めてから活用を検討するのが望ましい進め方です。

Q. 経営層を説得するには何を準備すればよいですか?

大きな事業計画よりも、「誰の、どんな課題を、どう確かめるか」という検証の計画と、そのための小さな予算と期間を示すほうが、承認を得やすくなります。顧客の具体的な声を添えると、課題の実在を伝えやすくなります。

Otsumuに相談できること

対象の顧客と課題がはっきりしていて、既存の取引先の協力を得られ、専任の担当者を置ける場合は、この記事の手順に沿って、手作業での検証までは自社で十分に進められます。最初の検証に大きな開発は必要なく、社内の工夫で多くのことを確かめられます。

一方で、テーマの選び方に迷っている、社内の承認を得るための検証の計画づくりに自信がない、デジタルサービスの作り方の経験が社内に少なく開発の段階で止まっている、といった状況では、事業と開発の両面を経験した外部の力を借りたほうが、遠回りを避けられます。

Otsumuは自らも事業を手がける立場から、既存の資産を活かせるテーマの整理、顧客検証の設計、経営層への報告の組み立て、そして必要な機能に絞ったシステムの開発までを一気通貫で支援します。新規事業開発コンサルティングではテーマの整理と検証の設計を、新規事業の爆速MVPシステム開発では検証に必要な範囲の仕組みをAIを活用した短期間の開発で形にするお手伝いをしています。顧客の声で仮説を確かめる段階では、顧客検証 Sprint(98万円〜・税別・参考価格、4週間)という形もあります。

社内の事情を踏まえてどこから始めればよいか、話を聞いてみたいという段階でも構いません。まずは30分の無料相談でお聞かせください。

この記事について

Otsumu株式会社が執筆しました。統計値や他社の事例には依拠せず、進め方と判断の枠組みを中心にまとめています。法務・税務・会計などの制度は、専門家や公的窓口で最新の情報をご確認ください。

執筆:Otsumu株式会社 / 編集日 2026.10.01

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