新規事業のアイデアを社外の調査や流行から探す前に、まず目を向けたいのが、自社に日々集まっている顧客の声です。問い合わせ窓口に届く要望や不満、営業担当者の商談記録、失注の理由、解約時のアンケートには、顧客が困っているのに今の商品やサービスでは解決できていない課題が記録されています。その中には、既存事業の改善で応えるべきものだけでなく、新しい事業として応えるべきものが含まれています。
顧客の声から新規事業の種を見つけるコツは、個々の声に一つずつ応えようとするのではなく、記録を集めて分類し、「繰り返し現れる、既存の商品の範囲を超えた課題」を見つけることです。単発の要望は改善の材料にとどまりますが、異なる顧客から同じ構造の課題が繰り返し聞こえてくるなら、それは事業の機会である可能性があります。
この記事は、既存事業の顧客基盤を活かして新規事業を考えたい経営者や新規事業担当者、営業やカスタマーサポートの記録を活用したい方に向けて書いています。記録の集め方、分類の軸、事業候補の見つけ方、絞り込みと検証の手順を具体的に整理します。
顧客の声が新規事業の種になる理由
顧客の声を新規事業の出発点にする利点は、次の3つです。
第一に、課題が実在することがある程度確かめられている点です。社外の調査やアイデア発想では、課題そのものが想像上のものであることが少なくありません。顧客が自ら問い合わせたり、商談の場で口にしたりした課題は、少なくともその顧客にとっては実際に存在するものです。
第二に、課題を持つ顧客にすでに接点がある点です。新規事業の検証で最も手間がかかるのは、話を聞かせてくれる顧客を見つけることです。既存の顧客であれば、追加の聞き取りや試験提供への協力をお願いしやすくなります。
第三に、自社がその課題に取り組む理由を説明しやすい点です。既存顧客の課題に応える新規事業は、既存事業との相乗効果を社内に説明しやすく、経営層の理解を得やすくなります。
ただし、顧客の声には偏りもあります。声を上げるのは一部の顧客であり、声の大きい顧客の要望が全体を代表しているとは限りません。また、既存の顧客だけを見ていると、まだ取引のない顧客層の課題は見えません。顧客の声は出発点として使い、その後の検証で広がりを確かめるという位置づけが大切です。
新規事業の種が眠っている記録の種類
顧客の声は、社内のさまざまな場所に散らばっています。まず、どこにどんな記録があるかを洗い出しましょう。
| 記録の種類 | 主な保管場所 | 見つかりやすい課題 |
|---|---|---|
| 問い合わせ・要望 | 問い合わせ管理の仕組み、メール、電話の記録 | 既存商品で対応できない使い方、周辺業務の困りごと |
| 商談記録 | 顧客管理の仕組み、営業日報 | 顧客が抱える課題の全体像、予算の所在 |
| 失注理由 | 顧客管理の仕組み、営業会議の資料 | 自社の商品の範囲では応えられなかった要件 |
| 解約理由 | 解約時の申請書、アンケート、担当者の記録 | 顧客の状況の変化、満たせなかった期待 |
| 導入時・定例の打ち合わせ記録 | 議事録、カスタマーサクセスの記録 | 導入後に見えてきた周辺の課題 |
| 現場担当者の気づき | 日報、社内チャット、口頭 | 記録に残らない顧客の工夫や不満 |
このうち、とくに新規事業の種が見つかりやすいのは、失注理由と、商談や打ち合わせで出た「ついでの相談」です。失注理由には「その機能があれば買ったのに」という具体的な要件が含まれていることがあり、ついでの相談には「本題ではないが、実はこんなことにも困っている」という周辺の課題が含まれています。
最後の「現場担当者の気づき」も見逃せません。営業担当者やサポート担当者は、記録には書かないものの、顧客の工夫や不満について多くのことを知っています。記録の分析と並行して、担当者への聞き取りを行うと、記録だけでは見えない課題が浮かび上がります。
顧客の声を集めて整理する手順
顧客の声から新規事業の候補を見つけるまでの手順を示します。
- 対象の期間と記録を決める:直近の一定期間を対象に、問い合わせ、商談記録、失注理由、解約理由など、分析する記録の種類を決めます。最初から全部を扱おうとせず、記録が比較的整っているものから始めます。
- 記録を一か所に集める:散らばった記録を表計算ソフトなどに集め、日付、顧客の属性(業種、規模、担当者の役割)、記録の種類、内容の列をそろえます。個人情報の扱いは社内ルールに従います。
- 一件ずつ課題を一文で書き直す:記録の内容を、「誰が」「どんな場面で」「何に困っているか」の一文に書き直します。「〇〇機能がほしい」という要望も、その背景にある困りごとに言い換えます。
- 課題を分類する:書き直した課題を、後述の分類の軸に沿って仕分けます。
- 繰り返し現れる課題を数える:同じ構造の課題が、異なる顧客から何件出ているかを数えます。
- 既存商品の範囲内か外かを判定する:繰り返し現れる課題のうち、既存の商品の改善で応えられるものと、範囲を超えるものを分けます。
- 範囲外の課題を事業候補として書き出す:範囲を超える課題を、事業候補として一枚ずつ整理します。
手順3の「要望を困りごとに言い換える」作業が、この手順で最も重要です。顧客が「レポートを表計算ソフトで出力したい」と言うとき、その背景には「上司への報告資料を毎月手作業で作っていて負担が大きい」という課題があるかもしれません。要望のまま扱うと「出力機能の追加」という改善で終わりますが、困りごとまでさかのぼると「報告業務そのものの支援」という事業の可能性が見えてきます。
記録が大量にある場合は、生成AIを使って一文への書き直しや分類の下書きを作ると、作業を大きく短縮できます。問い合わせの自動分類については問い合わせメールの振り分けを生成AIで自動化する方法も参考になります。ただし、分類の基準は人が決め、結果を人が確認してください。
分類の軸:何で仕分けるか
課題の分類では、次のような軸を組み合わせると、事業の種が見つけやすくなります。
課題が起きる業務の場面:顧客の業務のどの段階で起きている課題か(計画、手配、実行、記録、報告、請求など)で分けます。既存商品が支えている業務の前後に課題が集中していれば、隣接する業務への展開の可能性があります。
課題の性質:時間がかかる、間違いが起きる、情報が足りない、人手が足りない、専門知識が足りない、といった性質で分けます。性質によって、システムで解くべきか、サービスで解くべきかが変わります。
課題を持つ人の役割:現場の担当者、管理者、経営者など、誰の課題かで分けます。課題を持つ人と、お金を出す決裁者が異なる場合は、事業化の際に注意が必要です。
既存商品との関係:既存商品の不具合や使いにくさ、既存商品の機能不足、既存商品の範囲外、の3つに分けます。新規事業の候補になるのは、主に「範囲外」の課題です。
整理表の作り方
分類の結果は、次のような列を持つ整理表にまとめると、後から見返したり、社内で共有したりしやすくなります。
| 列 | 記入する内容 | 記入例 |
|---|---|---|
| 記録の日付・種類 | いつ、どの経路で得た声か | 商談記録、失注理由など |
| 顧客の属性 | 業種、規模、担当者の役割 | 中小の卸売業、経理担当者 |
| 元の記録 | 顧客の言葉をできるだけそのまま | 「月末の書類集めが大変で」 |
| 課題の一文 | 誰が、どんな場面で、何に困っているか | 経理担当者が、月末に各部署から領収書を回収する作業に追われている |
| 業務の場面 | 計画、手配、実行、記録、報告、請求など | 記録 |
| 課題の性質 | 時間、誤り、情報不足、人手不足、知識不足 | 時間 |
| 既存商品との関係 | 不具合、機能不足、範囲外 | 範囲外 |
| 現在の対処 | 顧客が今どう凌いでいるか | 部署ごとに締め切りを設けて催促している |
「元の記録」の列に顧客の言葉をそのまま残しておくことには、二つの意味があります。一つは、課題の一文に書き直す際に解釈の誤りがあったとき、元に戻って確かめられること。もう一つは、社内で事業候補を説明する際に、顧客の生の言葉が強い説得力を持つことです。経営層への説明では、件数の集計よりも、顧客の具体的な言葉のほうが課題の重さを伝えられることがよくあります。
「現在の対処」の列も重要です。顧客が課題に対して何もしていないなら、その課題はまだ切実ではないのかもしれません。反対に、手間をかけて独自の工夫をしていたり、外部のサービスに費用を払っていたりするなら、その課題を解決するための予算や意欲がすでにあると考えられます。
整理表は一度作って終わりにせず、新しい記録が入るたびに追記していく運用にすると、課題の増減や新しい兆しの変化を追えるようになります。
架空の例:会計ソフト販売会社の問い合わせ分析
ある架空の、中小企業向けに会計ソフトの販売と導入支援を行う会社が、顧客の声から新規事業の種を探した場面を想定してみます。
担当者は、直近の問い合わせ記録と営業の商談記録を集め、一件ずつ課題を一文に書き直しました。その結果、会計ソフトの操作方法に関する問い合わせが最も多かったものの、それとは別に、「取引先から届く請求書の処理に手間がかかっている」「経費の領収書の回収が月末に集中して経理担当者が残業している」という、会計ソフトに入力する前の段階の課題が、異なる顧客から繰り返し出ていることが分かりました。
これらは会計ソフトの機能の範囲外であり、既存の商品の改善では応えられない課題でした。また、課題を持つのは経理担当者で、決裁者は多くの場合経営者であることも商談記録から分かりました。担当者は、「会計ソフトに入力する前の、書類の回収と処理を支援するサービス」を事業候補として書き出し、次の段階として、課題を挙げていた顧客数社の経理担当者に詳しく話を聞く計画を立てました。
さらに担当者は、営業担当者数人に話を聞き、商談の場で顧客が「書類の回収さえ楽になれば、会計ソフトの入力はもっと早く終わるのに」とこぼしていたことを確かめました。記録の分析と担当者の記憶が同じ課題を指していたことで、候補への確信が深まりました。
この例のように、最も件数の多い問い合わせが、そのまま新規事業の種になるとは限りません。既存商品の範囲外にある課題に注目することで、既存事業の改善とは別の機会が見えてきます。
事業候補を絞り込む基準
事業候補が複数出てきたら、次の基準で優先順位をつけます。
| 基準 | 確認すること |
|---|---|
| 頻度と広がり | 異なる顧客から繰り返し出ているか。特定の一社だけの要望ではないか |
| 深刻さ | 顧客がその課題のために時間や費用を使っているか。回避策を自作しているか |
| 決裁者の関心 | 課題を持つ人と予算を持つ人が誰で、予算を出す理由があるか |
| 既存顧客以外への広がり | 取引のない顧客層にも同じ課題がありそうか |
| 自社の強み | 既存の顧客接点、商品、知見を活かせるか |
| 既存事業との関係 | 既存事業を補完するか、既存事業と競合しないか |
件数だけで優先順位を決めないことが大切です。件数が少なくても、顧客がその課題のために自前で表計算ソフトの仕組みを作っていたり、外部に費用を払っていたりするなら、深刻さは高いと判断できます。優先順位づけの簡易な手法としてはRICEスコアのような考え方も参考になります。より体系的に比較したい場合は新規事業アイデアの評価基準で紹介している評価シートを使うこともできます。
候補を検証する進め方
絞り込んだ候補は、次の順で検証します。
まず、その課題を挙げていた顧客に追加で話を聞きます。このときは、自社の新しいサービスを提案するのではなく、課題が起きている場面、現在の対処の方法、対処にかけている時間や費用を詳しく聞きます。既存の取引関係があるため、話は聞きやすい一方、相手が気を遣って肯定的に答えやすいことにも注意が必要です。
次に、既存顧客以外の企業にも同じ課題があるかを確かめます。既存顧客だけを見ていると、自社の顧客層に特有の課題を一般的な課題だと思い込む危険があるからです。
聞き取りでは、課題が起きた直近の具体的な出来事を聞くのが効果的です。「先月の月末、領収書の回収はどのように進みましたか」「そのとき一番時間がかかったのはどの作業でしたか」のように、実際にあった場面を順を追って話してもらうと、記録には残っていなかった周辺の作業や、関係する部署、使っている道具が見えてきます。こうした細部が、事業として何を提供すべきかを決める材料になります。
課題の深刻さと広がりが確かめられたら、手作業を交えた簡単な形でサービスを試験提供し、顧客が実際に使うか、対価を払う意思があるかを確かめます。既存顧客に新しい商品を提供する進め方は既存顧客に新しい商品を売る:隣接領域への事業拡張の進め方で詳しく扱っています。
よくある失敗と避け方
- 声の大きい顧客の要望を事業にする:特定の重要顧客の強い要望は、その一社には価値があっても、他の顧客には不要なことがあります。異なる顧客から同じ構造の課題が出ているかを必ず確かめましょう。
- 要望をそのまま機能として受け取る:顧客の要望は、顧客が思いつく範囲の解決策です。背景にある困りごとまでさかのぼると、より良い解決策や、より大きな事業の可能性が見えてきます。
- 一度の分析で終わらせる:顧客の声は時間とともに変わります。分析を一度で終わらせず、定期的に記録を見直す仕組みにすると、新しい兆しに早く気づけます。
- 記録の質を問わずに分析する:記録の書き方が担当者ごとにばらばらだと、分析の精度が下がります。分析を始めると同時に、今後の記録の書き方(課題を一文で書く、顧客の属性を残すなど)を整えると、次の分析が楽になります。
- 既存事業の部門と対立する:既存事業の顧客に新しい提案をすると、既存の営業部門が警戒することがあります。既存事業にとっての利点を説明し、顧客への接触の仕方を事前に調整しておきましょう。
顧客の声を活かす仕組みのチェックリスト
- 分析対象の記録の種類と期間を決めている
- 記録を一か所に集め、顧客の属性と内容の列をそろえた
- 要望を、背景の困りごとの一文に書き直した
- 業務の場面、課題の性質、持ち主、既存商品との関係で分類した
- 繰り返し現れる課題を数え、既存商品の範囲外のものを抜き出した
- 営業やサポートの担当者から、記録にない気づきを聞いた
- 候補ごとに、深刻さと決裁者の関心を確認した
- 既存顧客以外の企業でも課題を確かめる計画がある
- 既存事業の部門と、顧客への接触の仕方を調整した
- 今後の記録の書き方を整え、定期的に見直す仕組みを決めた
顧客の声を継続的に集める仕組みとしては、主要な顧客に定期的に意見を聞く顧客諮問会(カスタマーアドバイザリーボード)を設ける方法もあります。
よくある質問
Q. 記録がほとんど残っていない場合はどうすればよいですか?
まずは営業やサポートの担当者に集まってもらい、最近の顧客とのやり取りで印象に残っている困りごとを挙げてもらう方法があります。並行して、今後の記録の書き方を整えれば、数か月後には分析に使える記録が蓄積されます。
Q. 既存顧客に新規事業の話を聞くと、既存の取引に影響しませんか?
新しい商品を売り込むのではなく、顧客の業務をより深く理解するための聞き取りとして依頼すれば、多くの場合は好意的に受け止められます。聞き取りの目的と、既存の取引とは別の話であることを最初に伝えておくと安心です。
Q. 失注理由の記録が「価格」ばかりで役に立ちません。
「価格」とだけ記録された失注理由の背景には、「価格に見合う価値が伝わらなかった」「必要な機能が足りず、別の商品と組み合わせる必要があった」など、さまざまな事情があることが多いものです。失注した案件の一部について、担当者に詳しく振り返ってもらうか、可能であれば顧客に理由を聞くと、具体的な課題が見えてきます。
Otsumuに相談できること
顧客の記録がある程度そろっていて、分類と聞き取りに時間を割ける担当者がいる場合は、この記事の手順に沿って、事業候補の洗い出しまでは自社で十分に進められます。生成AIを使えば、大量の記録の整理も短時間で行えます。
一方で、記録は大量にあるが何を事業の種と見るべきか判断できない、候補はあるが既存事業との関係で社内の合意が取れない、候補を検証する進め方が分からない、といった状況では、外部の視点を入れたほうが早く前に進めます。社内の事情から距離のある立場だからこそ、既存事業の延長に見えない機会に気づけることもあります。
Otsumuは自らも事業を手がける立場から、顧客の記録の分析と事業候補の整理、既存顧客への聞き取りによる検証までを、AIも活用しながら短期間で進めるお手伝いをしています。新規事業開発コンサルティングでは、顧客の声を起点にした事業機会の整理から顧客検証までを支援しており、候補の論点を短期間で洗い出す新規事業レビュー Sprint(48万円・税別・参考価格、1〜2週間)や、顧客への聞き取りで候補を確かめる顧客検証 Sprint(98万円〜・税別・参考価格、4週間)という形でもご相談いただけます。
手元の顧客の記録をどう活かせばよいか、話を聞いてみたいという段階でも構いません。まずは30分の無料相談でお聞かせください。
この記事のテーマに最も近い支援は、アイデア検証・顧客インタビュー支援です。
- 課題仮説を、検証できる形に言語化
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この記事について
Otsumu株式会社が執筆しました。統計値や他社の事例には依拠せず、進め方と判断の枠組みを中心にまとめています。法務・税務・会計などの制度は、専門家や公的窓口で最新の情報をご確認ください。
執筆:Otsumu株式会社 / 編集日 2026.10.01